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ひなはづの父【スプレム】が待機中です。

「選択」は責任であることを理解しなければならない

今回の記事は、本当は別のことを書きたくて、しかもそれを下書きでいくらか書き綴ったけれども、内容が「不毛なこと」でしかないと思ったので路線を変更しました。

かと言って、この記事が有益か?と問われるとそんなこともなく、ただ気持ちが"乗った"ので書いてるだけなので、これもまた不毛なわけですが。

…こんなこと気にしてたら毎日記事なんて書けませんねw

 

 

選択する時は、選ばなかった方を切り捨てる時でもあります。

組織では、その方向性を決めるために何度も選択をするシーンがあります。そして決定者は、A案ならこうなりB何ならなるという、より良い方を選択するために情報を求めます。

個人レベルでも選択のために情報を収集します。受験に例えると、魅力的な進学先がいくつもあるため、自分の将来や合格するための学力などから、受験先を絞り込むことだったりです。

 

どちらの選択肢にもメリット・デメリットがある、或いは選びたい先に見合った実力がないので選択できないなど、妥協せざるを得ない場合が多々あると思います。

 

そんな時、妥協してでも選択すべきです。決定しないのは責任放棄です。組織においては、決裁権がある人が選ばず部下に任せる形となるため、いい選択なら上司の手柄・悪い選択なら部下の責任…というドラマでよく見るクソみたいなシーンの再現になるでしょう。

 

個人レベルでは「どっちがいいと思う?」という相談をしておいて、相談相手が推薦した方を選択した結果が良くなかった場合、相談相手のせいにするシーンもよく見ませんか?

私は相談を受けた時は、想定できる限りのメリットとデメリットを挙げ、推薦はしないようにしています。責任を負わされたくないですしねw

※選択先が決定していることがミエミエな「どっちがいいと思う?」は賛同を求めているケースなので、この場合は一緒に責任を負うつもりで賛同します。

 

 

何が言いたいかって言うと、

自分の思うようにしたい・責任を負うことがない子どもを相手に、物事を言い聞かせるのは大変だなぁ…っていう不毛なグチです。

選択できない・妥協できない大人は、タダのガキだぞ…ってことも付け加えましょう。

 

今夜は疲れました。やらないといけないことがありますが、明日に回すという選択をします。おやすみなさいm(_ _)m