ひなはづチャンネルの楽屋

ひなはづの父【スプレム】が待機中です。

サラリーマンスプレムの経歴②

塗装会社初期

周りに訪問販売の歴戦の猛者(?)である契約社員に囲まれ仕事したのは、正社員の方と共に仕事するよりもいい経験になりました。

この人たちは訪問販売をしているということは、ある意味「裏の仕事」をしてきたということです。同行営業している時は、経験談の酸いも甘いも聞かせてもらったし、目の前で見る営業のエゲツなさはヒヤヒヤするところもありましたが、人を説得する駆け引きは見ていて面白かったです。

しかし、リフォーム事業部門は長続きしませんでした。営業は契約社員で歩合制でありながら(本人たち曰く)労力に見合った報酬がないと言っていました。それもそのはず、まじめな塗装会社が訪販的営業により名を汚さないように、塗装の仕様毎に単価設定を決めていました。営業は数をとらなければならない状態=顧客からぼったくる価格で仕事を決めることができない状態だったのです。

これには下請けを動かす私も苦労しました。営業の歩合を上げるためには下請けを叩く必要がある⇔下請けに儲けてもらうと営業の歩合が減るという板挟み状態。さらには会社からの目標利益も要求されるため、経費で落とせるものも落としにくく、工具類や消耗品は結構自腹を切っていました。

 

会社は地域でも名の知れた塗装会社でした。そのネームバリューに胡坐をかいていたためか、人を動かすことの重要性を軽視していたと思います。(ここは金銭的な面な話で)

営業の出入りは激しく、また徐々に人数も減り、私が担当する仕事も減っていきました。

 

塗装会社後期

人を遊ばせるわけにもいかないと会社は考えてか、はたまた他の事業部の手数が足りないためか、リフォームの仕事は建築部門の先輩方が片手間で担当するようにし、若い私は他の事業部の出張応援に回されることになりました。

応援先は、これまでと畑の違う土木関係で、出張先の営業所の所長に連れられて元請に顔合わせが終わったら「後はよろしく」とばかりのまたもや放任主義orz 頭数揃えばそれでいいのかよ…

既に段取りされた地元の下請けさんに仕事の内容を聞きながらなんとか凌ぎました。

「聞くは一時の恥」というやつです。

 

私はプライドが高かったので、就職して数年はわからないことを人に聞くのは嫌でした。

しかし、リフォームの仕事でまったく経験したことのない仕事を下請けに任せてしまったばかりに大失敗をした時、「お客様から預かった大金なのに、営業が持って帰った仕事なのに、皆に不利益を与えてしまった」と、大学時代の不勉強と知識を得ようとしないこれまで姿勢に後悔しました。

それ以降、仕事に携わり、また人に満足してもらうなら、解らないことは聞こうという姿勢を持ち始めました。

またこの時期に出会ったのが第三者認証規格”ISO9001”です。土木事業部に応援に入りはじめてISO9001に私は触れることになりました。(ISO9001は、事業毎に認証範囲に加えるか外すかを選択できるため。リフォーム部門は認証から外れていました)

 

ISO9001は、この後からの私のサラリーマン生活に大きく影響を与えます。

 

愛知万博に備えた第二東名高速道路の工事、阪神大震災の影響を受けた尼崎のマンションの改修工事など様々な現場と、会社や各地の元請・協力会社の方の出会いなど、いい経験をさせて頂きましたが、出張の多さはいわゆる家庭の事情というヤツに悪影響がありました。

新卒から丸6年勤め、私は最初の会社を辞めました。

 

 

今日はここまでノシ