ひなはづチャンネルの楽屋

ひなはづの父【スプレム】が待機中です。

サラリーマンスプレムの経歴

これからブログを続けていくにあたって、
社会人としての私の経歴を語っておかなければ
サラリーマンの愚痴経験などを伝えることができないでしょう。
サラリーマンにとって、これから社会人になる人にとってちょっとでも役立てる記事を書くようにガンバります。
…ま、大抵グチになると思いますがw

子供の頃の夢

私の父は大工でした。
一人親方だったので、家には父の仕事道具が転がっていました。
その環境からか、私は工作が好きで、小学校の図画工作の成績は「たいへんよくできました」より下になったことがありません( ・´ー・`)
大工の父を見ていた、私の幼い頃の夢は大工でした。

建築学科に入学

公立の小中高校と進学しました。
小学校でサッカーをはじめ、その仲間とサッカーをしていくことはとても楽しかったです。
クラブ活動に明け暮れてしまったため、大学受験はちょいと危なかったですw
この頃は大工という職業ではなく、建築に関わる仕事に就きたいと考えるようになっていました。
なんとか地元私大の建築学科に合格し、晴れて大学生になれました。

大学時代

サッカーをやめ、勉強もろくにせず、
バイトして、友達と遊びまくった時期でした。

私達の世代が就職活動をしていた時代に
就職氷河期」という言葉が産まれた気がします。
そんな時期なのに就職活動を舐めてかかっていた私は、大学4年の10月まで就職が決まりませんでした。
勤めることになった会社は、地元の塗装会社。
塗装といっても、土木・建築・製鉄など様々な分野の塗装工程に携わる会社で、小規模ながらも総合建築(いわゆるゼネコン的な業態)を担う部門もありました。
私が入社した当時、社員数は250人くらいだったかと思います。

塗装会社時代前期

内定の連絡を受けた時に、総務担当の方から「戸建住宅の部門が新設される」というフレーズが出て、元々住宅メーカーに就職したかった私は「すごく興味があります!」と反応しました。

そのためか、配属された部署はその新設部署。
戸建住宅の外壁の塗替えをメインとした、訪問販売リフォームがこの部署の事業でした。
営業係長が部門長、事務に1年上の女先輩、新卒の私が正社員。そして訪問販売のノウハウがこの会社になかったため、訪販営業経験者の営業マンが契約社員として数名という部署。

私の役割は施工管理兼営業。営業がとってきた仕事を予算立てし、下請に工事を発注し、現場を監督するのがメイン。営業マンはアポインター的な要素が強く、図面から施工範囲の積算や工事見積もやっていました。
それは経験を積んでできるようになった話で、
入社当初は”新人教育あるある”な、見て学べ・現場を経験しろ的な、ほぼ放任状態でした。
組織的には建築塗装部門に属していたので、施工管理や総務はそこからのフォローがありましたが…

所属長の係長は、会社にとって期待された人材だったのでしょうか、、、
元々ゼネコンのルート営業をされていた人なので、一般消費者に対してウケるタイプではなかったので、
私は正直、新人の私を含めて「新事業を立ち上げる本気度ってこんなもの?」と感じた人事でした。


長くなるのでこの辺で。続きはまたノシ